新年二日目

喪中につき、新年のご挨拶を控えさせていただきます。

皆様 良い歳を迎えられましたか。本年も良い歳でありますように。


さて、喪中ということでいたってのんびりした年末年始をすごしています。おせち料理も作らなかったので、畑で取れた野菜と蕎麦で質素な食事をしています。でもお酒は一日中で、山から採ってきた葉わさびで、朝から飲んでいる夫に「アルチュウハイマー」という名前をつけました(笑)


元旦は大人の「天空の丘」に初日の出を見に行きました。日出は7時30分くらいで、丹助山の右側からゆっくり昇ってきました。後はテレビ三昧で、ニューイヤー駅伝と箱根駅伝。人が走っている姿だけなのに、何故か見入ってしまいます。


e0173655_17515012.jpg

家を建替えて四年間はコタツを使っていなかったのですが、急に思い立って実家からコタツを運び込んで、使うことにしました。コタツのまわりに、ミシンがあって、パソコンがあって、テレビがあって、箪笥の上にはCDプレイヤーと電話もあります。ここに座ると趣味のことが何でもできます。大晦日はコタツで紅白歌合戦もいいかと思っていましたが、あんまり面白くなかったので、ジャニーズの年越しライブの録画予約をして、「すてきにハンドメイド」の12月号をみながら、今年の干支のうり坊の制作をしました。新聞紙を細長く折って芯にして、形をつくり、張子にします。本体が乾いたら、生地を小さく切って貼り付けて完成です。コタツに入っていると、動けなくなる心配がありますが、大丈夫!うちではほぼ2時間置きに、母の呼ぶ声がしますから(笑)


その母の部屋は24時間エアコンが入っているので、加湿のため洗濯物を干しています。仏間に干されたタオルやパジャマ。人様にお見せできるものではありませんが、衣類乾燥と、加湿。これぞ一石二鳥!???

今年も週に1回を目標に、ゆる~い内容のブログを続けたいと思っています。
宜しくお願いします。





# by kimiyone-chan | 2019-01-02 17:56 | Comments(0)

茶飲みばばあ

私は子供の頃からお茶(緑茶)が好きだった。食事の時はもちろん、飲み物といえばお茶だった。その頃はお茶をたくさん飲む人を「茶飲みばばあ」と言っていたと思う。今ではセクハラ?だと非難されそうだが、自らも茶飲みばばあを自認していた。それに輪をかけてお茶好きなのが母だ!


母は目が覚めるとまず「熱いお茶を頂戴」と言う。食事の時はもちろんなにかにつけお茶!お茶と言う。量ったことはないが一日2~3リットルのお茶を飲んでいたのではないかと思う。高齢になると脱水症の心配をするが、それは無縁だと思っていた。


ところが、今回の入院で、食事以外の飲み物は500CCという水分制限がかかってしまった。心肺機能が落ちて、水分を排出できなくなり、肺に水がたまるのらしい。


そこで専用のポットを用意して、食事のたびに湯飲みについでやるのだが、すぐに飲んでしまって、「熱いお茶を頂戴」と言う。「もうおしまいだよ」と言うと「あらそう」と言うのだが、すぐに「熱いお茶を頂戴」と言う。また「もうないよ」と言うと、しかられた子犬のような顔をする。


水分を制限したからといって、トイレの回数が減るかというとそうでもない。昨夜も6回だった。ほぼ1時間おきに起きる。夜中の2時を過ぎるとさすがにこちらも「尿取りパンツはいてるんだから、それにしたら」と機嫌が悪くなる。「寝たままオシッコはようせん」とか「私が我慢すればいいとよ」とか言うので、結局おまるに座らせることになる。翌日に「何回トイレに起きたか知ちょる?」と聞くと、「知らん」と言う。「何回起きたかも覚えちょらんち、お母さん幸せね」と皮肉っぽく言うと「あんたに迷惑かけて、幸せじゃろかい」と言う。手を貸すと「ありがとう」や「すまないね~」と言ってくれる母に対して、イラつく私はまだまだ修行が足りない!


# by kimiyone-chan | 2018-12-24 16:36 | Comments(0)

第33回 のべおか「第九」演奏会

12月15日(土)18時より、延岡総合文化センター大ホールにて、標記の演奏会が開催された。


年末の風物詩として、ベートーベンの交響曲第九番が日本中で歌われることは知っていたし、延岡に「第九を歌う会」があることも知っていた。でも、クラシックが好きなわけでもないし、興味があるわけでもない。ピアノは弾けないし、楽譜も読めない。しかし市民合唱団の一員として、4回目の出演をはたしてしまった。


2010年に姑との同居のために帰郷した時は、「第九」とはまだなんの接点もなかった。2014年に演奏会を聞きに行った時、第1から第3楽章まで演奏があり、第4楽章で合唱があることを始めて知った。おまけに眠かった(笑)でも「イイナ」とは思った。練習は夜の6時半からだと聞いていたので、姑と同居中では無理だと思っていたが、姑が義妹の家に住むことになり、急に「あら、できるじゃん」ということになった。


ドイツ語の歌詞は定番の「風呂いで、しぇ~寝る、月輝粉県、とホテル、会う末、理事有無」で覚えた(笑)意味も分からず、耳で講師の発音を聞きながらなんとか覚えたが、1回目は口パクの所が多かった() 2回目3回目と進むうちになんとか歌えるようになってきた。意味も少しずつ分かってきた。ざっくり「神の元ではすべての人々は兄弟になる~」というようなことを言っているらしい。


チケット販売も7枚がノルマだった。1年目2年目は従姉妹や友人、家族が買ってくれて10枚くらいを売り上げた。3年目は同窓会に顔をだして宣伝して10枚売り上げた。しかし今年は苦戦した。

皆年末の忙しい時期だし、法事や入院になった人もいた。4枚は買い取りになるかもと思ったが、1300席の会場を満杯にしましょう!という会長さんはじめ皆さんの熱心さにほだされ、いろんな集まりでチラシをばら撒いた。今年はだめでも、来年に繋がるかもしれない。


チケット販売で苦戦している時、妹が母のお見舞いに帰省することになり、すぐに友人に話して3枚買い上げてくれた。しかも指定席!東京の友人がネットの掲示板で誘ってくれて、延岡在住の友人も買ってくれた。地元の友人も知り合いを誘ってくれた。デイサービスの所長さんも家族行って下さった。


来場してくれた妹や友人が皆「感動した!」と言ってくれた。「よかったよ」ではなくて「感動した」と言ってくれたことがとてもうれしかった。山下一史先生の指揮、九州交響楽団の演奏、オーディションで選ばれた4人のソリスト。107名の市民合唱団。その中には4人の小学生と二人の中学生、熊本や大分から11人の応援もふくまれている。


来場者は約1000人だったそうだ。前席に若干の空席があった。これが満席になることを夢みよう!





# by kimiyone-chan | 2018-12-19 16:22 | Comments(0)

まる・まるアップリケの付け帯

以前に作った「まる・まる模様のバッグ」2点が気に入ったので、着物の袖でつけ帯を作った。
e0173655_14151622.jpg
前帯は着物の袖1枚を、縦半分に折って体に巻きつけ、お太鼓は、もう1枚の袖で形を作って帯枕で、背中に背負う。手と帯締めで形を整える。もちろん裏も使える様にしてある。

パッチワーククラブの作品として、渓谷まつりに出していたら、社会福祉協議会の人の目にとまって、「宮崎県高齢者作品展」に出品することになった。高齢者??前期高齢者だから間違いではないのだ(笑)


# by kimiyone-chan | 2018-12-13 14:27 | Comments(0)

大相撲延岡場所

12月7日(金)延岡体育館で、大相撲の冬巡業があり、夫と二人で出かけた。


子供の頃から、テレビで相撲観戦はしていた。大鵬、先代の朝潮の時代で、柏戸が好きだった。大人になってからも、テレビが点いていれば見るという程度だったが、ずっと関心はもっていて、一度この目で、大相撲を見てみたいと思っていた。夫が福岡に住んでいたので、一回くらいは九州場所の観戦がしたかったが、なかなか実現しなかった。


それが延岡場所があることを知り、早速申し込んだ。タマリA席(1名分)12000円。お弁当・お土産券3000円。お土産には相撲カレンダーがついているだろうから、それがねらいだった(笑)でも会場が体育館で、平らな所に座布団がひいてあって、窮屈だったので、もし次の機会があるなら、椅子席にしようと思う。


e0173655_13440757.jpg
九州出身の三力士が、記念撮影に応じてくれていて、付き人さんにカメラを渡すと撮ってくれた。左から琴奨菊(福岡県柳川市)、琴恵光(宮崎県延岡市)、嘉風(大分県佐伯市)琴恵光はご当地出身力士だけあって、すごい人気だった。

九州場所休場中の三横綱の、稀勢の里と鶴竜は不参加だったが、白鳳はぶつかり稽古や横綱の〆方の実演などに参加していたが、本相撲はとらなかった。足のテーピングがしてなかったので、もしかしてと思っていたけど、まだ本調子ではないのだろう。

朝8時から午後3時まで、ぶつかり稽古や相撲甚句、初切、十両力士の土俵入り、櫓太鼓打ち分けなどがあり、立会いと共に楽しませてもらった。化粧廻しもきれいだった。琴恵光も番外で遠藤と、本割で大奄美と立ち会ったが、いずれも勝った!館内は割れんばかりの拍手だった。(笑)



豆知識

初切(しょっきり)相撲の禁じ手を面白おかしく紹介する見世物で、相撲の取り組みの前に、決まり手四十八手や禁じ手を紹介するために江戸時代から行われた。

相撲甚句(すもうじんく)昔は甚句のことを型と呼んでいて、土俵の上で攻める型、守る型を見せながら唄っていたが、現在は化粧廻しを付けた力士6~7人が輪になり、一人ずつで唄われる力士独特の唄。手拍子・足の音頭に合わせて唄っている。

大銀杏(おおいちょう)相撲の伝統的な様式美のひとつで、土俵入りなどの公式行事などの正式な髪型である。髷を元結で結んだ先端の部分を「ハケ」といい、これの形が銀杏の形に似ているので、大銀杏の名がついた。大銀杏は、力士の伝統美と風俗を伝承していく意味と、頭部を保護して障害を防ぐ意味がある。





# by kimiyone-chan | 2018-12-09 13:46 | Comments(0)

6回目の入院

11月28日()午前2時 母は救急車で日之影町立病院に入院しました。


その数日前から母は「きちい(きつい)きちい」「なんでこんげっきちいっちゃろかい」と言っていたが、母の口癖だと思っていたし、三日前の月曜日の定期健診では異常がなかったので、火曜日は普通にデイサービスに出かけ、その日の夕食も普通に食べて就寝した。しかし11時頃から「胸が痛い、息が苦しい」と訴えるので、痛み止めを飲ませて、様子をみることにしたが、午前1時頃、また不調を訴えるので、どうしたものかと困ってしまった。見た目には顔色もいいし、熱もない。夫は出張中で相談する人もいない。どうしたらいいか分からず、少し強い口調で、「どうしたらいいか、わからん!」と母に言ったら、「ごめんね」と母に謝られてしまった。


やっぱり救急車を呼ぶべきだと、119番へ電話した。車が来るまでの間にパジャマなどの用意をしたが、どうやって救急車に乗り込んで、病院に着いたのか、さっぱり記憶がない。娘の話によると、私は「動揺してます。記憶がないので、動揺してます」と言っていたらしい。病院のドクターからの説明もよく覚えていない。病院から家までは近いので、3時頃に歩いて帰っていたら、娘が車で迎えにきてくれた。


その後10時頃病院へ行ってみたら、母は観察室に寝かされていた。鼻から酸素を吸引して、導尿がしてあった。母は「大分楽になった」と言っていた。別のドクターの話では、肺に水がたまっていて、それを抜く処置をしたそうだ。前回もいつ症状が急変するかもしれないと言われていたのだが、今回も高齢だしいつ急変してもおかしくないと言われた。


三年前、急性心筋梗塞で、県立病院へ搬送された時、高齢なので、手術はしないで、薬で対応することにした。それが「きつい、きつい」と言いながら、生活している。もし手術をしていたらすたすたと歩いていたのだろうかと、考えてしまう。88歳が91歳になり、食欲はあるけど、ますます体力は落ちている。


母は去年の暮れから5回の入退院を繰り返している。今度で6回目だ。夏の入院で歩けなくなっていたのを、頑張って一人でトイレに行けるようになっていたのに、また入院が長引けば、歩けなくなり、寝たきり一直線になるのではないだろうか?




# by kimiyone-chan | 2018-12-01 16:56 | Comments(0)

三姉妹の長女であり、三姉妹の母です。


by kimiyone-chan
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る