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電動ベッド

電動ベッドをレンタルしている。頭部が動いて上体を起こすことができて、高さも上下できる。厚さ10cmくらいのウレタンマットがついている。そのウレタンマットにシーツをひいて寝るのだが、これは太陽に干せないなあと思って、薄い化学繊維の布団をひいた。粗相をしたとしても、敷布団だけコインランドリーで洗える。


そのせいだかどうだか分からないが、母の仙骨に小さな褥瘡ができた。すぐに受診して塗り薬をもらったので、1週間くらいで治ったのだが、後で、ベッドが硬いとができやすいので、布団はひかない方がいいと聞いた。もし粗相をしても防水してあるので、表面を拭けばいいそうだ。それにウレタンマットは定期的に交換してくれる。


ベッドから起きる時、電動で上体を起こすと、楽に起きられるので、リモコンのボタンにシールを貼って「ここを押すのよ」と言っても、力がないのかすぐにやめてしまい、私を呼ぶ。いつも呼ばれているので、この頃は空耳が聞こえるようになってしまった。(笑)


ベッドから立ち上がる時、高さは床から40cmくらいあった方がいいような気がする。低いと太腿に力が入らなくて、踏ん張って上体を持ち上げられないのだ。ある時「立てない」と言うので見に行くと、ベッドが低くなっていた。自分でリモコンをさわったのだろう。


寝かせる時、腰をマットの半分より枕よりについてもらいたいのだが、ベッドの両脇に転落防止用の柵がついていて、半分より下に腰をついてしまい、足が曲がってしまう。誰かいれば、バスタオルの四隅を持ち上げて、担架のように頭を移動できるのだが、一人だとどうにもできない。


ベッドは重くて一人では動かせない。移動する時は、業者さんを呼んで分解、組み立てをしてもらう。便利だけど、不便だ(笑)




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by kimiyone-chan | 2018-09-30 14:11 | Comments(0)

法令講習

先日の夜、宮水地区の法令講習があった。秋の交通安全週間に先立って警察官から、交通安全についていろいろお話を聞く会だ。とても面倒臭かったが、出席した。


免許更新の講習は、大きな事故の映像を見せられて、怖くなったが、ここではユーチューブに上げられた車載機の映像を見た。交差点での信号無視。脇道からの飛び出し。ちょとした接触事故。後ろからの追突。目の前の自転車や人の横断。駐車場でサイドブレーキのかけ方が甘かった車が動き出したりと、日常的にありそうな、でも注意しておかなければならないような事例ばっかりだった。


スピードを出しすぎないこと。車間距離を保つこと。飲酒運転は絶対にしないこと。この3点は特に注意が必要だ。


この地区は道路補修工事のために片側規制ある場所が多く、その最後尾の車への追突事故が多い。人はスピードを出しすぎていると、前の停止している車も走っていると錯覚して、ぶつかってしまうのだそうだ。だから、最後尾になったら必ずハザードランプを点けましょう。


行くのはとても面倒臭かったけど、行って良かったと思う。忘れていたことを思う出すし、もっと安全に気をくばろうと思った。


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by kimiyone-chan | 2018-09-23 12:44 | Comments(0)

母のこと その6

母と同居して一番困ったことは、夜寝られないということだ。


顔面打撲の時までは、自分でポータブルトイレが使えたので、夜中ゴソゴソと起き上がる気配を感じても、私は布団の中にいられた。ところが今回は自分で立ち上がれないので、そのたびに起きだして、一連の作業をしなければならない。しかも、一晩に3~5回なのだ。ある夜は1時間おきに7回ということがあった。さすがに1時間おきの時は、「お母さん、さっき行ったでしょう!」ときつめに反応してしまった。


昼間でも1時間か2時間おきには「トイレ」と言う。「さっき行ったよ」と言うと、「あら、じゃあ我慢する」と言うが結局30分後にはまたトイレ。でない時もあるようだ。人はいくつになっても排泄も自立していたいと思うものだろう。紙パンツをはいているのだから、その中で済ませてもいいのにと思うが、やっぱり恥ずかしいと思うのだろう。回数が多い分パンツを濡らすことは少ない。


退院から数週間たったので、椅子や便座からは一人で立ち上がれるようになった。夜中も見ていると、一人でベッドに戻っていたので、一晩だけ別の部屋で寝てみた。しかし、翌日はシーツまで濡れていた。たぶんパンツを上まで引き上げられないので、漏れたのだと思う。


それにしても、夜中に起きるのはさすがに、きつい!「ごめんね」と言う母に無愛想に対応してしまう。朝になって、「昨日私はトイレに起きんかったじゃろ?」と言うので、「5回よ!5回!」と素直に言ってしまう。私自身今までは夜起きるということがなかったけど、最近は母のトイレの後で私もトイレを使うようになった。このままでは、夜中に何度も目をさます事が習慣になってしまうのではないかと、心配している。


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by kimiyone-chan | 2018-09-18 19:53 | Comments(0)

母のこと その5

今年になって、3回の入退院を繰り返した母はすっかり足腰が弱くなってしまった。


病院ではベッドに寝たきりで、リハビリもせず、少しでも動くとベッドのセンサーが感知して看護師が飛んで来るので、遠慮してただ寝てばかりいた。トイレもオムツ対応だった。食事は車椅子で食堂に運んでもらい、自分で食べていた。このままでは寝たきり一直線!だと思った。


退院してまず困ったのが、一人でベッドや椅子から立ち上がれないことだった。食事もトイレも、立ち上がって向きを変えて移動するのに介助が必要になった。ベッドは電動でスイッチ一つで上体を起こすことができるのだが、何度教えても自分ではできなかった。スイッチを押す力がないのだろうか、ベッドはビィと音をたててほんの少し動いただけですぐに止まった。


まず、母に横向きになってもらい、首の下に私の腕を入れ、ぐいと持ち上げて上体を起こし、母の両膝の下に私の腕を入れ、回転させるように両足を床に下ろし、私の右足を母の膝の間に入れ、母の両脇を抱えるように上に引き上げて立たせる。それから目的地(トイレと食卓)まで、母の両手を私の両肩にのせ、私は母の肘を固定して、1,2,1,2と声をかけながら移動する。ベッドからトイレまでが5mくらい。食卓までも5mくらい。トイレから食卓までは休まずに行くことはできなかった。


ある時ふと学習机の椅子が目に留まった。椅子にはキャスターがついているので、座らせて動かせば移動が楽ではないだろうか?やってみたら大成功だった。おまけに座面がくるくる回るので、方向転換もスムーズだった。ベッドから立ち上がらせ、トイレまで押して行き(後で後ろ向きに引っ張るほうが良いと分かった)、便座の前に立たせ(後では一人で立っていられるようになった)用をすませ、椅子に座って手を洗い、ベッドに戻る。食事も同じように椅子で食卓まで行き、食堂の椅子に座り変え、食事を済ませ、ベッドに戻る。


そのうち、椅子に座ったまま廊下の手すりを使って自分の腕の力で移動するようになった。上体を起こす力はまだまだ弱かったが、自分で立っていられる時間が少しづつ長くなってきた。洗面も最初は洗面器を膝の上に置いたり、濡れタオルで顔をふいたりしていたが、立ち上がって顔を洗えるようになってきた。


またまたある時、椅子を押して歩けるのではないかと思った。ショッピングカートを押すと歩きやすいからだ。やってみたらこれも大成功!まだ毎回というわけではないが、一人で移動できるようになった。その代わり足が痛いと訴えるようになった。いままで使わなかった筋肉を酷使しているのだから仕方ないと思うが、本人は「何故足が痛いちゃろか?」と不思議がっている。


退院する時言われた「転ばないように気をつけて」を頭に置きながらも、「動かないと動けなくなる」と少しきつめに歩かせている。筋肉は100歳になっても再生するらしい。母は心臓に持病があるので、少し歩くと「きちい!きちい!」と休みたがる。それもしかたないと思いながら、「あと3歩、あと2歩」と激励している。


今日は一人で玄関まで歩いて行って、外に出ようとしていた。危ない、危ない。 また顔面打撲をするではないか!!


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by kimiyone-chan | 2018-09-11 21:03 | Comments(0)

公代という同じ名前の者として

9月2日の朝、同級生のニイゾエキミヨさんが亡くなりました。病名は聞いても覚えきれなかったのですが、自分の免疫力が自分を攻撃する難しい病気でした。彼女は3年くらい闘病していました。


高校生の時、同じ公代という名前の可愛い人がいることは知っていましたが、あまり話す機会もないまま卒業し、2005年の台風14 号で崩壊した高千穂線の、存続応援のために再会しました。


その「じっとしちょ連」の活動や同窓会などで共に楽しい時間を過し、オーストラリアやイギリスを一緒に旅行しました。「西六会」という掲示板を立ち上げてくれたのも彼女でした。その掲示板は今でも続いていて、世界各地に住んでいる同級生の親交を深めてくれています。


彼女は頭の回転が早くて、元気で明るく、行動力があり、お酒が大好きで、人の面倒見がよく、おしゃれで、大輪の花のように輝いていました。そして皆に好かれていました。


妹がお見舞いに行った時、状況が許せば、私は電話で彼女に「アメージング・グレイス」と「歓喜の歌」を歌おうと思っていました。もし歌うことができていたなら、彼女は「なんけ、その歌。ねぶかがくさるが~」と笑ってくれたかもしれません。


私は神も仏もいないと思っていますが、こんな時は何故神様は貴女を選んでしまったんだろうと思います。神も仏も信じませんが、魂の存在は信じています。人の魂は肉体から離れると、魂となって、時空を駆け巡ります。皆が貴女の事を思い出して話しかけるので、しばらくの間貴女は忙しいと思います。話しかけた人の左後ろに立って、「ふむふむ」と話を聞いて「ま、元気をだしね」と励ましてくれることでしょう。


同じ公代という名前を持つ者として、貴女の分も、元気に楽しく頑張ります。どうぞ天国から見ていて下さい。


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by kimiyone-chan | 2018-09-04 10:47 | Comments(2)

母のこと  その4

母は顔面打撲で退院して、4週間たたないうちに今度は39.2度の高熱をだして再入院した。


ちょうど姑の四十九日の法要のため、母を介護施設に預かってもらう日だったので、ケアマネさんに相談したら、「病院へ行って下さい。介護施設はキャンセルしておきます」ということだった。7月の末で暑い日が続いていたし、熱中症の話題にも事欠かない頃だった。


日之影病院では、発熱の原因が分かるまでは個室対応ということだった。なかなか熱が下がらず、2週間は個室だった。その後は4人部屋に移ったが、相変わらずベッドに寝たままで、足を動かす様子がなく、ますます足の筋力は落ちてきていた。その頃主治医から「肺に水がたまっている」という話があった。「妹を呼び寄せた方がいいでしょうか」と尋ねると、「なんとも言えないが、高齢だから、急変することもありうる」と言われた。


妹を呼び寄せず、急変もせず、母は8月21日に退院した。


何度かの入院で、母はすっかり足腰が弱くなってしまった。以前、昼間はバーを伝いながら歩いてトイレに行き、はき物の上げ下げも自分でできた。夜はベッドの横のポータブルに、自分で立ち上がって座り、用を済ませてベッドにもどることができたが、今は、ベッドや椅子から自力で立ち上がることができない。はき物の上げ下げにも介助がいる。


まず、横たわっている母の首の下に、私の手首を入れ、ぐっと上体を起こし、ベッドに座らせ、両足の間に私の右足を入れ、私の両手を母の脇の下にいれ、「立つよ」と声をかけながら上体を持ち上げ、椅子に座らせる。この椅子が学習机についている椅子で、座面が回転して、キャスターがついているので、実に具合がいい。車椅子を使えるほど廊下や室内が広くないので、座面の両側を母に持っていてもらい、少し足を浮かせて、背もたれを押すとすいすいと移動ができるのだ。


こんな状態で、デイサービスには行けるのだろうかと心配していたが、職員の皆さんのおかげで、お風呂に入れてもらって、ちょっとしたゲームなどをして帰ってくる。「今日お風呂どうだった?」と聞くと「あら、入ったかしらん」と言うが、バスタオルは濡れている。


退院から1週間ほどたったので、トイレからベッドまでを手をひいて歩かせてみた。なんとか自分の足で歩いた。数回だけど、自分でトイレから立ち上がった。少しずつ太腿の筋力がついてきているようだ。でも「足が痛いちゃけど、なしてじゃろかい?」と言う。「足の筋力がつきよるきじゃが。いいこつよ」と娘はそっけない!



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by kimiyone-chan | 2018-09-02 17:10 | Comments(0)

三姉妹の長女であり、三姉妹の母です。


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