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母のこと その3

母の話が二転三転した話。


一番最初に母に「何しよったと?」と看護師さんが聞いた時、「道路の側溝の掃除をしようと思った。スコップの角が顔にあたった」と言っていた。でもスコップは見当たらない。


次に、道路に倒れていた時、4台の車が通りかかったが、誰も助けてくれなかった。と言った後、本当は車にはねられたのだと言いだした。その車は近所の人で、そのまま立ち去ったと言っていた。こんな田舎で、道に老婆が倒れていて、見過ごしにする人がいるだろうか?


その次に、「ある男の人が教えてくれたつじゃけんど、私が立っている後ろから、突き飛ばした人がおる。その人の名前も聞いちょる」と言い出した。「だれけ」と聞くと、「知ちょるひとじゃけん、よういわん」と言ったが、ぼそっと名前を言った。午後3時頃なので、勤務中のその人がそこにいるはずはなかった。


家から100mくらい離れた場所で、右目の上を切って、雨に濡れながら助けを呼んでいた母の声を、近所の奥さんが聞きつけて、軽トラックに乗せて病院へ運んで下さった。40kg未満の母の体を車に乗せるのも大変だったと思う。この時母は靴を片方しか履いていなかった。1mくらい離れた所に田んぼの用水があるので、そこに流れたのだろうかと思った。でも、この1mをどうすれば靴が移動できるか疑問だった。薄紫の介護用の靴で気に入っていたので、残念だった。


右目の上の傷は、杖かガードレールにぶつかったのではないかと思う。7針くらい縫って、今は綺麗に治っている。靴のことだが、新しい靴を買ってきて、靴箱に仕舞おうとした時、見覚えのある靴が片方そこにあるのを発見した。なんと、母は片方の靴をはかないまま、砂利道を100mも、杖をつきつき歩いていたのだ。


おそらく母は、私がいないので、寂しくなって、外に探しにでたのだと思う。それは今でも「キミヨ~キミヨ~」と呼ぶのでベッドに行ってみると、「あっ、おったつけ!なんでもない」と言っているので、一人でいることが寂しくて、怖くてたまらないのだろうと思う。それまでは用を済ませる時は口頭で言っていたが、それからは「ホワイト・ボード」に行き先と帰宅時間を書いて、見えるところに置くことにしている。


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by kimiyone-chan | 2018-08-31 10:38 | Comments(0)

母のこと その2

4月の骨折の時は、安静にしていればよかったのだが、その間に海外転勤になった娘家族を、先に赴任している婿殿に引き渡すため、私と夫とで香港まで出かけたり、川南へ姑の見舞いに行ったり、夫の首が動かなくなって休日当番医を訪ねたりなどしていたので、約5週間かかった。病院では大事を取って、動かさなようにしてあったので、また足腰が弱くなっていた。


その退院の後は、上の家で終日を過すようになったのだが、「胸が痛い!息が苦しい!」と言ってほとんど寝てばかりいた。それでもトイレだけは自分で行けるよう、なるべく歩かせるようにした。その結果、夜のトイレは自分で立ち上がったて、ポータブルトイレで用をすまし、ベッドにもどれるように」なっていた。火、木、土のデイサービスの日は朝9時から午後3時まで私に自由な時間が戻ってきた。


ところが、6月18日母が道路で転んで顔面を強打した。その日私は用があったので、2時間程外出をしていた。母には「出かけるから寝ちょきないよ」と言い残して、家の鍵をかけて出かけた。朝母が「昨日の夜は、眠れなくて一睡もしちょらん」と言っていたので、大丈夫だろうと思っていたのだ。ところが携帯に病院から「顔を怪我して運ばれてきた!」と連絡が入った。あわてて行ってみると、母の顔はお岩さん状態で、着ている物も雨に濡れて、靴は片方しか履いていなかった。興奮状態の母の話は一転二転三転して、どれが本当なのか分からなっかけど、私の姿が見えないので、杖をついて外に探しに出て、転んで、雨に濡れている所を、近所の奥さんが車で病院へ運んでくれたということだと思った。転んだ場所は家から100mくらい離れている。杖をついたとはいえ、あんな所まで歩いたとは驚きだった。


顔面打撲は、顔を7針ほど縫って2週間の入院予定だったが、6月28日に姑のハツヨさんが101歳で亡くなって、葬儀やなにやかやで忙しく、7月2日に退院した。顔の傷はきれいに治っていた。




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by kimiyone-chan | 2018-08-27 23:00 | Comments(0)

母のこと 2018年4月まで

2010年に千葉から宮崎にUターンした時、母は妹のリエと二人で日之影の家に住んでいた。母は83歳だった。妹が入退院を繰り返していたので、家事は一人でこなしていた。まだ介護認定も受けていなかった。


2012年にリエが亡くなった時も、宮水の家には姑が住んでいたので、母は一人で暮らしていた。

その後だったと思うが、母は1回目の大腿骨骨折をして、3ヶ月高千穂の病院へ入院した。長くベッドに寝ていたが、入院中のリハビリで歩けるようになっていた。


2014年に宮水の家(上の家)を建替えることになって、姑は川南の義妹の所へ行ってもらった。私と夫は実家である母の家(下の家)に一緒に住まわせてもらった。家事も少しは分担してしていたが、階段を昇るののが辛そうな時もあった。


2015年の6月に母は「急性心筋梗塞」で県立延岡病院に緊急入院した。その時の先生に、「血管に細い所があるが、血液は流れている。バルーンを入れて血管を広げる手術もできるが、年齢的にリスクがある。どうしますか?」と聞かれた。私は即座に「手術はしません」と答えた。その時私はなんとなく、「母の命は後1年くらいなんだろう」と思ってしまった。7月になって、母を夜だけ上の家に預かることにした。午前中に下の家に車で連れて行き、お昼は自分で作って食べ、夕方上の家に帰って、食事をして泊まる。ということをした。下の方が母のお友達もいていいだろうと思ったのだ。


血液サラサラ等の薬をもらうために、3ヶ月ごとに高千穂の町立病院へ通った。病院はいつも混んでいて、待ち時間3時間ということもザラだった。母はいつも具合が悪そうで、心配して受診しても、何事も無く、同じ薬がでて、次の予約をして帰るということが続いていた。


2017年の12月に2回目の大腿骨骨折をした。前と同じ右足だった。先生は「手術をしないで自然に骨がくっ付く方法もありますが、寝たきりになる可能性があります」と言われた。寝たきりはかわいそうなので、91歳になろうとしていた時だったが手術をした。3ヶ月入院して、前のようにスタスタとは歩けなかったが、なんとか歩けるようにはなった。


高千穂の病院はいい病院だと思うが、毎日車で20分かけて通うのは大変だったし、薬が同じなら、なにかあった時日之影の病院でもいいのではないかと、ケアマネさんに相談して、日之影の病院へ転院した。


2018年3月に退院して、上の家で電動ベッドを使うことになったが、その時長女と孫達が同居していて、電動ベッドを孫達がさわると危ないので、私と二人で下の家で暮らすことにした。もう家事はほとんどしなくなっていが、洗濯物をたたむなどはしてくれていた。


4月になって母の胸に液体がたまって、県立病院へ搬送され、ドレーンで水を抜いて4日で退院。そのことはマイブログ2018年4月12日「なまるよ」を参照下さい。それから1週間もたたないうち今度は恥骨骨折をした。これはマイブログ4月17にち「母の再入院」を参照してください。日之影の病院では、食事は車椅子で食堂に行き、トイレはポータブルですませるようになっていたが、ベッドに転落防止のセンサーがついていて、あまり体を動かせないよだったので、ますます足腰が弱って、歩けないようになっていた。





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by kimiyone-chan | 2018-08-26 20:52 | Comments(0)

まる・まる・バッグ

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まるのパターンを重ね合わせたバッグを作った。
花火のような、宇宙の惑星のような模様になった。

大きさも35cmx25cm
底の幅が9cmで使いやすいサイズだ。


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by kimiyone-chan | 2018-08-14 13:15 | Comments(0)

施餓鬼法要

5日は菩提寺での「施餓鬼法要」でした。

餓鬼とは、亡くなった後に餓鬼道に堕ちてしまって、常に飢えや渇きに苦しんでいる者達のことです。施餓鬼とは、無縁仏やそういう者達に、食べ物や飲み物を施すことで、供養を行い、自らも徳を積む。ということらしいです。

お寺では、十数人の僧侶が鉦や太鼓を打ち鳴らし??華やかな??読経の後、島原からお見えになった坊様が説教をされました。とてもいい話で、ここに書きたいのですが、聞いたことが右から左に抜けてしまって、何も書けません(笑)(笑)

曹洞宗は禅宗で、坐禅を組みます。「坐禅の坐」は土の上に二人の人間が座っていることを表しています。一人は優しい仏心を持った人で、もう一人は邪心を持った悪い人で、二人が常に戦っている??状態だそうです。

毎朝 仏壇に線香を一本真っ直ぐに立て、「人間に生まれてきてよかた」と唱えなさい。

幼稚園児に「この世で一番偉い人は誰?」と問われて、「分からないから教えて!」と聞いたら「アンパン!」と答えたとのこと。アンパンマンは自分の顔をちぎって困っている人を助ける。これは仏心です。等々

お寺はなんとなく敬遠していた場所でしたが、お説教を聞くのもいいものだと思いました。





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by kimiyone-chan | 2018-08-07 22:35 | Comments(0)

ブローチ

白と青の縞模様の生地で、フレンチスリーブのブラウスを縫った。
襟元が寂しいので、共布でブローチも作った。
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拡大  布に刺繍して、丸い厚紙に綿を載せて、周りを縫い絞り、ピンをつけただけ。

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by kimiyone-chan | 2018-08-04 11:52 | Comments(0)

三姉妹の長女であり、三姉妹の母です。


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