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4月21日の2そして最終日

ソーホーはとてもおしゃれな街で、坂道にオープンカフェなどがあって、ヨーロッパ系の観光客がたくさんいて、アジアではないような雰囲気がありました。

この日の夕食は、中華料理にもそろそろ飽きてきた頃なので、日本食にしました。といっても沖縄の居酒屋ですが(笑)生ビールと枝豆、島豆腐、ゴーヤチャンプルなどが、しみじみ美味しいな~と思いました。

その後は港に戻って夜景のレーザーショー見ました。毎日夜8時から13分間あります。音楽とナレーションにあわせて、レーザーやサーチライトが夜空を彩ります。以前は日本企業の協賛もあったそうですが、現在はパナソニックだけになっていました。

私と夫は、明日の朝7時発の飛行機で帰国しなければならないので、今夜が孫達と過すのは最後の時間でしたが、9時過ぎにホテルに帰ると、おやすみ~とあっさり分かれてしまいました。

最終日は朝4時起きなので、10時には床に就きましたが、1時間おきに目が覚めてよく眠れませんでした。4時にロビーに下りると、娘とアキが見送りにきてくれていました。しばらく会えない遠い所に行ってしまうのに、ラインで話ができると思うとなんだか寂しいという気持ちにはなりませんでした(笑)

家族は一緒に暮らした方がいいと、娘一家を南アフリカまで送り出しましたが、治安に問題がある国ですし、有色人種としての差別もあるかもしれません。邦人も1300人くらいだそうです。心配でない訳ではありません。でも、いい経験をさせてもらっていると思って、元気に過してもらいたいものです。ショウイチが小学校に上がる前には帰国する予定だそうですので、それまでの1年か1年半の辛抱です。危機管理をしっかりして、ひとまわり大きくなって帰ってきて下さい。






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by kimiyone-chan | 2018-04-29 23:01 | Comments(0)

4月21日(土)の1

10時20分頃、Dさんの案内でホテルから10分くらいのヴィクトリア湾まで歩いて行った。そこからフェリーに乗って香港島へ。二階建ての路面電車トラムにのったり、普段観光客が行かないような生活観あふれる町を探索した。生きた鶏が籠に入っていたり、豚の顔や、生肉が店先にずらりとぶら下がっていたり、漢方薬の臭いが充満していた。

ランチは「名都酒楼」。テーブルにワゴンが回ってきて、食べ物を選んで伝票にはんこを貰うという遣り方だ。会計の各テーブルでやるシステムで、初めての経験をした。箸は自分用と取り箸が縦に置いてあった。おなじみのターン・テーブルはなかった。ターン・テーブルは日本人が発明したのだと以前テレビで見たことがある。

ヴィクトリア・ピーク(太平山頂)から香港の絶景を見たかったのだが、登頂用のバスやトラムを待っている大勢の人々を見て断念!その代わりに世界一長い動く歩道(800m) ミッドレベル・エスカレーター に乗って「SOHO」を目指した。ちなみに通勤時間帯朝6時から10時は下り。それ以外は上りの一方通行。エスカレーターの右側に立って、左側を空けるのが暗黙のルールだそうだ。(大阪方式?)



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by kimiyone-chan | 2018-04-28 21:42 | Comments(0)

二日目の2

午後5時過ぎに、婿殿の会社の現地駐在員Dさんと合流して、電車を乗り継いで、上海料理の店へ食事に行った。中国のシンセンの駐在員Kさんも加わって、賑やかな食事になった。駐在1年目のDさんのお話を伺った。香港は東京23区くらいの土地に700万人の人が住んでいるので、建物が上へ上へと伸びていること。地震はないそうだが本当だろうか?Dさんのマンションも35階で、50㎡?で家賃35万円だそうだ!湿気が多くて除湿機2台フル稼働だそうだ。奥さんと二歳の男の子と暮らしていて、邦人との交流は」あるそうだ。Kさんは日本に奥さんと娘さんを残しての単身赴任だが、なかなか帰国できないそうだ。

その後ホテルに戻り、Dさんが私と夫をベイエリアに連れて行ってくれた。香港名物の夜景を見られる場所だが、レーザーショーはもう終わっていた。今度の旅行の目的の一つがマッサージを受けることで、私と娘だけで行くつもりだったが、ぼったくりの店もあるからとDさんがわざわざある店に連れて行ってくれた。薄暗いビルの3階で、ボディと足裏マッサージで90分、約7300円だった。深夜の街を二人で歩いて帰った。街はまだまだ起きていた。ホテルに着いたのは0時30分だった。

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by kimiyone-chan | 2018-04-27 21:46 | Comments(0)

香港二日目 4月20日(金)の1

今日の夕方から、婿殿の会社の現地駐在員のDさんが案内して下ることになっているので、それまでは私達だけで行動することになった。まず、オクトパスというスイカのようなICカードを購入。HK$150(デポジット50付き)だいたい1500円くらい。これ1枚で地下鉄やバスやフェリーに乗れる。みんな婿殿にやってもらった(笑)地下鉄はとても便利にできていて、本数も多いし、速い。乗り換え案内も見やすい。ホームと電車の間にドアがあって安全面は充分に考慮してあるのだが、エレベーターが少なく、階段が多いので、ベビーカーは難儀した。改札も狭くて、バーを押して入るようになっていて、子供連れは大変だった。

まず、地下鉄で黄大仙祠(ウォンダイシンチー)に行った。香港で最も有名な寺院のひとつだそうだ。孔子を本尊として、病気治癒のご利益があるそうだ。「筮竹占い」が有名だそうだが、観光客の多さに 気おされてしまった。ランチは隣接しているショッピングモールの翠華(tsuiwah)で飲茶など。HK$253だった。香港は乗り物代は安いが、物価は高いそうだ。

その後は女人街へ。女の人の喜びそうな雑貨や、服やバッグなど所狭しと並べられているのだけど、ここでも気おされてしまって何も買わなかった(笑)ショウイチはすぐにウルトラマンなどの人形が10体ほど入った袋を手に取っていた。ここで婿殿が値切って2割引くらいで買った。

一旦ホテルに戻り、タクシーでスカイ100へ行く。タクシーは初乗りHK$24で、10分位乗って、HK$51・2だった。
スカイ100は香港一高い展望台のビルで、100階にあり、その上は118階まで、リッツ・カールトンのホテルになっている。65歳以上は25%の割り引きがあったそうだが、パスポートを持参していなかったので、残念。この日は曇っていて、遠くまでは見渡せなかった。たぶんPM2,5の影響もあると思う。

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by kimiyone-chan | 2018-04-26 21:22 | Comments(0)

香港旅行1日目

去年の1月から、我家で生活した長女と孫三人を、南アフリカに赴任している婿殿に引き渡すため、夫と一緒に香港まで行ってきました。日本から南アフリカへ行くには、香港、マレーシア、カタール、ドバイなどいくつかの乗り継ぎがあるのですが、香港経由は九州の福岡、宮崎、熊本などから出ているので、熊本空港を利用することにしました。

熊本国際空港は、国内線の100m隣にありますが、とてもこじんまりしていて、食事も買い物も国内線ビルを利用することになっていました。たぶん日本人は私達だけで、中国人の団体さんが多数いました。彼らは日本を観光して帰国するのでしょう。バッグを開けてたくさんのお土産を詰め直していました。

香港エクスプレスの機内はとてもシンプルでした。JALだと子供を膝に抱く時、大人がシートベルトをして、子供を両手で抱きかかえますが、ここでは大人のシートベルトに子供用のシートベルトを、七夕の輪飾りのようにはさんで、子供もベルトをするという遣り方でした。熊本→香港約3時間半のフライトでした。香港空港はとても広くて驚いた。駐機場からイミグレイションまで電車で移動した。荷物のターンテーブルの15くらいあったと思う(たぶん)空港には一足早く現地入りしていた婿殿が迎えに来ていた。

ホテルは九龍(クーロン)島のネイザン・ロードに面したホリデーイン。繁華街の真ん中にあった。午後6時(日本時間午後7時)に街の中をうろうろして、食事をした。チンタオビールを3本といろいろ頼んで 12000円くらいだった。1ホンコンドルが15円だ。生水は飲むなと言われたので、セブン・イレブンで水とビールを買って、ホテルに帰った。

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by kimiyone-chan | 2018-04-25 21:53 | Comments(0)

65歳同窓会

孫達と香港旅行をしてきたのですが、その前に高校の同窓会について・・・

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高校を卒業して50年近くになるのですが、130名以上が参加して、盛大な同窓会が開かれました。
同窓会といえば、女子は何を着ていこうと悩むところですが、今回は友達の勧めで、三人で和服にしました。

私たちの世代は、結婚する時に親が着物を持たせてくれたり、趣味で着物を誂たりと、何枚かの着物が箪笥に眠っているものですが、子育て中はなかなか着る機会がなく、洋服の便利さや楽さに慣れてしまい、ますます箪笥の肥やしになっていました。それに私は和服の仕立てを少しだけ習ったり、洋服生地で二部式三部式の帯を縫ったりしていたので、
日の目をみない着物達が出番を待っていました(笑)

今回は、紫の紬風の着物に、私創作のつけ帯にしようと、箪笥をかきまわしていたら、娘の黒地の帯が出てきました。
紫に黒では地味だなと、またまた探していたら、白大島がありました。これは古着屋さんで買ったものです。帯締めを裾回しと同じピンク系にして、少し若々しくしてみました(笑)

抽選会で、オーストラリアから出席の友人のお土産のチョコレートが当たって、うれしくてスキップしている図です(笑)

70歳の時も75歳の時も80歳の時も着物で出席できたらいいなと思います。着物愛好家が増えるといいなと思います。




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by kimiyone-chan | 2018-04-23 10:48 | Comments(4)

母の再入院

県立病院を退院して、宮水の家で一緒に生活し出した母は、なんとか元気を取り戻しそうにありました。

ベッドから一人で立ち上がって、トイレまで(介助付き)歩き、用を済ませ、ベッドに倒れこむということを繰り返していました。ポータブルトイレもあるのですが、どうしてもトイレに行きたがりました。そんなことがあったので、65歳の同窓会も本会だけで失礼して帰宅しました。

母の気持ちにすれば、私に迷惑をかけたくないというその一心だったのでしょうが、16日の明け方、廊下で滑って転んでいました。今度は顔面を強打したみたいで、右足の付け根も痛いと言っていました。骨折なら歩けないはずですが、なんとか歩けます。いつもならほっておくのですが、前回のことがあるので、すぐに日之影病院を受診しました。

レントゲンを見ていた主治医は、ウ~~ンとうなって、「折れているかもしれないから整形外科を受診した方がいい」という診断でした。そこで急遽高千穂病院へ。高千穂でもウ~ンとうなっていましたが、レントゲンの画面をクリックして拡大すると、右側の恥骨が骨折しているということが分かりました。

「この程度なら安静にしていれば治ります」ということでしたが、19日から娘と孫を香港まで連れて行くことになっており、母はケアハウスで預かってもらうことになっていたのですが、病院に入院させて貰った方が、私としても安心なので、先生にお願いして、日之影の病院に入院させてもらいました。

姑(101歳)も川南の特養で療養中です。二人の母が、どうぞ無事でいてくれますように!



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by kimiyone-chan | 2018-04-17 20:34 | Comments(0)

なまるよ

母が胸の痛みを訴えるので、日之影町立病院を受診した。レントゲンやCTの結果、肺に血か水がたまっているようだとの診たてで、県立延岡病院へ搬送された。

延岡病院で、胸に管をさして液体を抜いて調べたところ血液ではなく水だった。それで2週間の検査入院ということになったのだが、三日目の朝主治医から、「入院していると なまる から今日か明日にでも退院していいですよ」という電話があった。

「なまる」どこの方言だろう?でもニュアンスとして、体がだらけることだろうと理解した。寝てばかりいると足腰が立たなくなるという意味だろうと思った。母は三ヶ月の入院で、すかり足腰が弱くなっていた。それを三週間の自宅療養で、なんとか立ち上がったり、4~5歩歩けるようになっていた。これでまた二週間の入院なら、又歩けなくなるだろう!でも二週間入院してくれれば、私も夜ぐっすり眠れるし、娘と孫の出発の間の心配をしなくていいことになると思っていた。

自分で立ち上がれるようになったので、転んで胸を打って、肺に水がたまったのだが、自立してトイレに行って欲しい。まだまだの見守りが必要ということだ。

退院した後は、宮水の家で家族と共に暮らすことにした。孫達の出国まで一週間。言動ベッドや歩行器で怪我をしないよう気をつけて、賑やかに暮らそうと思う。

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by kimiyone-chan | 2018-04-12 15:51 | Comments(0)

母と暮らして

母と二人だけで暮らして3週間になりました。退院した時は足の力が萎えて歩けませんでしたが、毎回ではありませんが、一人で立ち上がったり、壁を伝って5~6歩あるいたりできるようになりました。立ち上がるために全身に力がはいっていると思います。

デイサービスの日は8時半から15時半くらい不在ですが、その他の日は一日中二人で過ごします。入院中はほとんど寝ていて、テレビも見ないと言っていましたが、家では起きている時間が長くなっていると思います。買い物も寝ている時間をみはからってサッと済ませます。

夜は2回から5回くらいトイレに起きます。ある日の明け方「胸が痛くて眠れない!」.と訴え、ゼーゼーハーハーと荒い息をしていたので、これは救急車かなと不安に思いましたが、痛み止めを飲ませて様子をみていたら、一時間くらいで普通の呼吸に戻りました。救急車を呼ぶタイミングというのがよくわかりません。翌日は一日中よく寝ていたので家で安静にさせ、デイサービスは休みました。以前にも動悸を訴えて、これは入院かなと思って病院にいってもなんでもなく返されるということが何度もあったので、受診するより安静だと思ってしまいます。

その翌々日は一人でトイレに立って、ベッドの柵に胸を打ち付けて床に転がっていました。胸を見たところ腫れてもいなし、本人も折れてはいないと言うので、単なる打撲かなと思って湿布を貼りました。身体を動かすたびに全身に力が入るので痛がります。「どうして痛いのだろう?」と言うので、ベッドの柵で打ったのだと言うと、「あ、そうだったかね」と言います。病院へ連れて行くべきか否かの判断は、すごく迷います。

実家の断捨離をするはずが、ミシンの前にいる時間が長く、ちっとも進んでいません(笑)


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by kimiyone-chan | 2018-04-07 20:48 | Comments(0)

舟玉さん

昨日は実家のある集落の「舟玉神社」の春の大祭だった。

50数年ぶりにお参りをした。山道を12~3分登ると神社に着く。私が子供の頃は境内に土俵があって、大勢の人々が満開の桜の下で子供の大人も相撲に興じていたものだが、今は土俵は片付けられ、参拝の人も20人ほどになっていた。神事の後、神楽が奉納された。

神社の周りは杉が植林され、桜の木は見かけなかった。鳥居の横の杉は真っ直ぐに天をさして伸びていた。子供の頃にあったかどうだかは記憶にないが、樹齢50年は超えていると思う。

子供の頃は、山道の外に階段もあって平気で上り下りしていたと思う。桜の花をヘアピンで髪に留めて、お姫様ごっこをして遊んだことを思いだした。子供達もたくさんいて、学年の違う子達と日が暮れるまで遊んでいたものだった。

山の上なのに何故「舟玉さん」なのだろうと思いながら、縁起をちゃんと読まずに下山してしまったのは、残念だった。


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by kimiyone-chan | 2018-04-02 13:02 | Comments(0)

三姉妹の長女であり、三姉妹の母です。


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