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ひむか桜

先日 母と五ヶ瀬川河川敷(野地堤防遊歩道)の菜の花を見に行った。

菜の花はもう盛を過ぎてはいたが、換わりに桜の花が咲いていた。ソメイヨシノにしては色が濃いし、時期が早い。川津桜にしては色が薄いし、丈が低い。案内の看板を見ると、「ひむか桜」と書いてあった。ひむか桜?新種だろうかと調べてみたら、川津桜を植えたものだと分かった。

ちょうどお昼時だったので、家族連れや会社員風の人達も散歩していた。妻を桜の木の下に立たせ、夫が写真を撮っている熟年夫婦がいた。よく見かける風景だ。たいていの場合被写体は妻で、夫の写真は少ない。
「ご一緒に写真をお撮りしましょうか?」と言ってみようかな、と思ったものの、そのまま通りすぎてしまった。

河川敷は2kmくらいあるのだろうか、菜の花の黄色と桜の薄いピンクと青い空が一列に並んでいて、とても綺麗だ。遊歩道も整備されている。しかし、駐車場がよく分からなかった。イベントの時は、場所も確保され、誘導の人もいるが、普通の日はどこに置いていいのかよく分からなかった。
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by kimiyone-chan | 2014-02-26 22:54 | Comments(0)

延岡花物語

千葉に住んでいた頃は、この時期よく花見に出かけていた。2月の梅の頃は殊に好きで、水戸の偕楽園ほど大きくなくても、あちこちの梅林を訪ねて楽しんでいた。こちらに帰ってきたら身近に梅林がなく、探していたら新聞で「延岡花祭り」http://nobeokahanamonogatari.net/のことを知った。

梅林があるのは、松山の「本東寺」というお寺さんで、境内には50本の白梅と5本の紅梅があり、特に樹齢220年といわれる巨木「彗日梅(えにちばい)」は地域に親しまれているということだった。本来なら1ヶ月以上次々に開花する花が、今年は先日の陽気で一斉に花開いていた。水仙も見頃で、境内はいい香りに包まれていた。

お寺のすぐ横に松尾城址があり、そこにも登ってみた。ガイドさんの話によると、この松尾城は、井上城、西階城に次ぐ、土持氏最後の居城で、そこの石垣が城山(縣城)の石垣に使われているのではないかと、いうことだった。話の中に大友宗麟や、豊臣秀吉や、徳川家康がでてきて、面白かった。松山は高校生の時、行縢おろしに逆らいながら、必死に自転車をこいでいた場所なのに、そんな歴史とロマンがあったとは知らなかった。

城山のやぶ椿を、ゆっくり愛でながら歩いたのも始めてだった。「千人殺しの石垣」の名前の意味は、石垣の1個をはずすと石垣が全部崩れ落ち、千人殺す殺傷能力があるということらしい。内藤記念館を訪れたのは友人の結婚式以来だと思う。ここの天下一(てんがいち)の能面にも豊臣秀吉との係りがあり、興味深かった。戦国時代にA地点からB地点にどうやって移動したのか、不思議でならない。

五ヶ瀬川河川敷の菜の花は、いつも車から見るばかりなので、いずれゆっくり歩きながら見てみたいものだ。桜の頃も素敵だと思う。
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by kimiyone-chan | 2014-02-17 21:55 | Comments(0)

小崎の祭り

2月1日(土)小崎集落の夜神楽を女友達と見に行ってきた。西臼杵地方の夜神楽は11月頃から始まり、小崎が最後だと聞いている。小崎の祭りの頃が一番寒いと聞いていたが、昨夜は暖かかった。

同級生の友人宅を訪れ、煮しめや刺身やビールetsなどのご馳走を頂いて、お集まりの方々と談笑して、友人が奉仕者(ほしゃどん)を勤める時間に、神屋(みこや)と呼ばれる集会所に行った。本来なら33番を一晩中夜明けまで奉納されるのだが、諸般の事情で、小崎地区と大楠地区が協力して、短縮して舞われるということだった。

今回初めて見たのが、「座張(ざはり)・太玉命(フトダマノミコト)の舞」で、その力強く激しい動き、観客を巻き込む所作に、大笑いしてしまった。山仕事や畑仕事が一区切りした冬の夜、こうして一同が集まり、ご馳走を食べ、酒を酌み交わし、共に笑いあうことが、娯楽であり、明日への活力を生むことだったのだろう。上野地区で夜神楽がわけもんの力だ復活したという話も聞いた。

同級生のH田君は共に還暦をすぎているので、舞うと疲れると言っていた。単調な動きでも、腰をかがめすり足で舞うのは、やはり大変なことだと思う。それを若い頃からずうっと続けている貴方はえらい!招待客の多いことも、貴方の地元に根ざした生活と、人柄の賜物だと思う。
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by kimiyone-chan | 2014-02-03 17:32 | Comments(0)

三姉妹の長女であり、三姉妹の母です。


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