高千穂神楽
2013年 04月 22日
高千穂神社の神楽殿で毎日夜8時から行われている神楽で、33番の内4番が観光客用にアレンジして奉納されます。
①手力雄の舞(たじからおのまい)
天照大神が天岩戸にお隠れになったので、力の強い手力雄命が天岩戸を探し出すため、静かに音を聞いたり考えたりする様子を表現しています。この時手力雄命の面の色は白です。
②鈿女の舞(うずめのまい)
天岩戸の所在がはっきりしたので、岩戸の前で面白おかしく舞い、天照大神を岩戸より誘い出そうとする舞です。
③戸取りの舞(ととりのまい)
天岩戸の所在がはっきりしたので、手力雄命が岩戸を取り除いて天照大神を迎えだす舞で、勇壮で力強い舞です。その取り除いた岩は長野県戸隠まで飛んでいったと語られています。この時の手力雄命の面の色は、渾身の力を振り絞っているので赤です。
④御神躰の舞(ごしんたいのまい)
一名国生みの舞といいますが、イザナミ・イザナギの二神が酒を作ってお互いに仲良く飲んで抱擁し合い、夫婦円満を象徴している舞です。この時二神は会場に下りて観客を巻き込み、おおいに盛り上がります。
神社の注連縄には 七・五・三 の縄が下げられています。これは天神七代 地神五代 日向三代 と呼ばれる神様の系図からきているそうです。
天神七代(てんじんしちだい)・・日本神話で、天地開闢の初めに現れた七代の神様
地神五代(ちじんごだい)・・神武天皇以前に日本を治めた五柱の神の時代。
日向三代(ひゅうがさんだい)・・高千穂皇神(たかちほすめがみ)ニニギノミコト、ヒコホホデミノミコト(山幸彦)、ウガヤフキアエズミノミコトの三柱です。
神武天皇の父がウガヤで ウガヤの父が山幸彦で、山幸彦に父がニニギです。
※ 参考までに 平成25年3月31日までは「観光神楽」として行っておりましたが、 平成 25年4月1日に名称を「高千穂神楽」に料金を700円に変更しております
神話タクシープラン②-3
2013年 04月 19日
>後(のち)の神武天皇であるカムヤマトイハレヒコノミコトは、宮崎市の皇宮屋(こぐや)を拠点にしていました。「どうもこの土地は国を治めるにはあまりにも西により過ぎている」と思い、大和(やまと)の地を目指すことを決めます。その時、お舟出するための地として選ばれたのが日向市美々津だったのです。美々津は、波の荒い日向灘にあり、耳川の河口が作る入り江は天然の港となっており、周辺には舟を造る木がふんだんにあったため舟出の適地だと思われたのです。神武天皇は天候のいい日を伺いながら、出発の日を旧暦の8月1日と決め、美々津の人々は出発に際して餡(あん)入りのだんごを差し上げようと用意をしていました。
しかし、夜中になって急に暁(あかつき)の出発に変更になり、里人(さとびと)は大急ぎで材料を全部一緒について団子を作ったのです。この団子は「お舟出だんご」として、今でも残り、美々津の名物になっています。また、このお舟出に際して、風向きを調べるために凧をあげて出航にふさわしい天候を調べたようです。
出発が急に決まり、神武天皇の旅の衣服の準備もままならなくなり、立ったまま縫(ぬ)われるほどであったとか。美々津にはそのまま「立縫(たちぬい)」という地名が残り、この地で立ったまま縫い物をすると、舟出しても戻ってこないから縁起が悪いという俗説(ぞくせつ)も伝わっています。
また、旧暦の8月1日には、急に決まった出発のために、里人(さとびと)がお見送りやおとものため家々の板戸を「おきよ、おきよ」と叩いて起こしてまわった様子を再現する「おきよまつり」も行われています。
この美々津からのお舟出は、神武天皇が軍を従えて初めて大和に向けて出航したことから、日本海軍の発祥(はっしょう)であるとも言われ、神武天皇が東征(とうせい)する際に、戦勝と海上安全を祈願した立磐神社(たていわじんじゃ)のそばには、日本海軍発祥の地を表す石碑が建立(こんりゅう)されています。 (ひむか神話街道より)
神話タクシープラン②-2
2013年 04月 17日
ところで、君が代に2番があることをご存知でしょうか?
1君が代は 千代に八千代に さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで
動きなく 常盤堅磐(ときわかきわ)に限りもあらじ
2君が代は 千尋の底の さざれ石の鵜のいる磯と 現はるるまで
限りなき 御世の栄えを 祝(ほ)ぎたてまつる
始めて訪れた場所だったのですが、同級生の案内があったので、楽しく散策することができました。
神話タクシープラン②-1
2013年 04月 15日
宿泊先を出発→愛宕山→大御神社→美々津・立磐神社→日向市駅→宿泊先
愛宕山はニニギノミコトとコノハナサクヤヒメの出会いの場所です。ニニギノミコトはアマテラスの孫。天上界から稲作を地上界へ広めるため天下ってきた。(これを天孫降臨というそうだ)コノハナサクヤヒメは絶世の美女で、一目ぼれしたニニギは結婚を申し込むが、ヒメの父に、姉のイワナガヒメも一緒に結婚して欲しいと言われてしまう。姉はあまり美しいとはいえなかったので、ニニギは妹だけを選んでしまう。すると父のオオヤマツミノカミは、
>イワナガヒメを差し上げたのは天孫が岩のように永遠のものとなるように、コノハナノサクヤビメを差し上げたのは天孫が花のように繁栄するようにと誓約を立てたからであることを教え、イワナガヒメを送り返したことで天孫の寿命が短くなるだろうと告げた。(ウィキペディアより)
ニニギは一度だけの契りで身ごもったヒメを疑い「自分の子供ではないのではないか」と言ってヒメを怒らせてしまいます。ヒメは「生まれてくる子供が神様であるあなたの子供なら、たとえ火の中でも無事に生まれてくるでしょう」と言って産屋に自ら火を放ちます。そして、燃えさかる炎の中で三人の男の子が生まれました。
>三人の名は、火が燃えさかる時に最初に生まれた子がホデリ(火照)。次に火の勢いがより強くなった時に生まれた子がホスセリ(火須勢理)。最後に火がおとろえてきた時に生まれた子どもがホオリ(火遠理)です。のちに、ホデリは海幸彦、ホオリは山幸彦と呼ばれるようになりました。(ウィキペディアより)
なんと人間くさい神様のお話でしょう。山幸彦の孫のカムヤマトイハレヒコノミコトが後の初代神武天皇になります。
リュック2種
2013年 04月 11日

パッチワークの課題で、変形ログキャビンのツーウエイバッグを作った。両脇から交差したベルトを重ねて肩にかけるとショルダーバッグになり、ベルトを両肩で背負うとリュックサックになる。正面のログキャビンは斜めに変形しているので、動きがあって面白い。

こちらはワンショルダーのリュック。
友人が持っていたので、パクッテみた。
リュックタイプでも両肩で背負うよりも、肩紐をひとつにまとめては片方の肩にかけることが多いので、はじめから紐はい1本しかつけていない。50cmの布を適当に切って縫い合わせたので、細長い形になってしまった。もう少し横広にした方が中の物を取りやすかったかもしれない。正面にファスナーを縦につけてポケットにしてみた。
通園グッズ
2013年 04月 05日

キルティングの布が余ったので、リュックサックを作った。
女の子用だったので、弟の分も作った。
サイズが分からなかったが、だいたいよかったみたい。気に入ってくれたみたいなので良かった。


次は襟の付いたスタイ(よだれかけ)
娘の話しでは、ネット販売ではやっているらしい。画像を見たらできそうだったので、パクッテみた。左が友布で右が白い襟。赤いリボンは取り外し可能。
写真では可愛さが伝わらないけど、 可愛い~~~ちゃが!