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ねーちゃんのひとり言

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本葬・感謝の言葉

本葬の時に、友人の山本さんより「感謝の言葉」を戴きました。
私達の知らなかった妹の姿が、ありありと浮かんでくるようで、逆に山本さんに感謝しつつ、全文を掲載させていただきます。

感謝の言葉 

利枝さん いや身内の方には失礼になりますが 今迄通り 利枝と呼ばせてもらいます。

私が利枝と知りあったのは 深角駅での桜祭りの時でした。 満開の桜の下 利枝がひょっこり現れ 「仲間に入れて下さい 何か手伝う事がありますか?」 その一言から色々な事を一緒に活動する仲間になりました。 利枝はその性格からか、自分が一番前に出る事を遠慮し、お膳立てや他の人を推薦しても、いつも控えめだったね。

今でも忘れられないのが県北を襲った台風で、 高千穂線はもとより、日之影町の役場や民家が大きな災害に巻き込まれて 多くの人達が仮設住宅に住む事を余儀なくされました。 その被災者の人達を励まそうと思案中 そこに入ってきたニュースが 芸能人の萩本欽一さんが宮崎に来ると言う事だった。 あの時後先を考えず二人で考えたのが 欽ちゃんを呼ぼうだった。 欽ちゃんが宮崎空港に最終便で来ると言う事を知り 利枝と二人でアポも取らず宮崎空港へ車を走らせた。 そして 空港で出てきた欽ちゃんを無理やり捕まえ 二人で日之影に来てくれと説得。 でも相手は芸能界の大物 中々返事をもらえなかった。 でも二人とも今更引き下がれない 2人して説得1時間半 最後は利枝の一途さと美貌で欽ちゃんがおれた。 そして 欽ちゃんが日之影に来てくれ 仮設住宅の慰問とトークショウをやってくれた。 でも利枝が頑張って苦労して欽ちゃんを連れてきた事は殆んどの人が知らないと思う。 それを自慢する利枝ではなかったから。 その時一番喜んだ事は そのトークショウで 福田さんを初めとする商工会青年部の人達が、何も言ってもないのに 寒い中黙って駐車場の交通誘導をしてくれた事。 それをいつも感謝していたね。

それに 日之影の町に空き家が多く寂しいからと花を飾る事を思いつき 利枝は空き家の持ち主に許可をとり 人々に呼びかけ 花を飾った。 あの時は宮崎からも応援が来たね。それも 私が死んだら世話する人が居ないからと俺に処分を頼んだけど流石に俺もそれは出来なかった。

 またある時は災害でゴミだらけになった日之影駅や道路を、色んな人に呼びかけ掃除した。誰も利枝が病魔に侵されていたとは気づかなかったと思う 18年も癌と闘い 誰にも言わず頑張り抜いた利枝の行動は称賛に値すると思っています。 また西臼杵に多くの人達を呼び少しでも地域に貢献出来ればと 仕事をしながら 国家資格の旅行業を取り それを生かす日を夢見ていたね。

また 渓谷祭りでは 中学生の希望者を募り一緒にゴミの分別、空き缶の分別を長い間やってきたね。 誰もあの会場にゴミが落ちてない事に気づかなかったと思う。 それでも毎年一生懸命。すすんでやって来た利枝の信念は本当に脱帽です。流石に昨年は体力が落ち出来なかったけど、その思いを滋賀さんが引き継いでくれました。

そんな利枝を支えたもの それは家族だったのです。 いつもお姉さんの事 妹の事 お母さんの事 息子さんの事 的を射た分析でちょっと辛口や皮肉を言っていたけど利枝の眼は笑っていたね。 そこに自分の家族に持つプライドを感じていました。

ある時は 「絶対病気の話は母の前ではしないで」と頼み 心配性の母を気遣って隠し続け 自分が入院した時も自分の事より他人を心配し 「モルヒネで頭がぼーっとしているからメールが変で済みません」とか 高千穂神社の倫太郎君が亡くなった時も 奥さんの心配をしていた利枝。 自分の事より他人を気遣う優しさ たまに自分の病気を覚悟していた言葉の端々。 俺にとって、偉大なる友を亡くした事は本当に残念です。

でも利枝の死は 俺達に色々な事を残してくれました。
自分の信じる事は 真っ直ぐ行動してきた利枝の性格と人望 。ある時は 高千穂線存続の為走り回り 母子家庭の会長として走り回り 家族の為走り回り 俺のイベントの為走り回り 地域の為に走り回った利枝  「少しは休みなさい」と神様がくれた優しさだと信じています。 そして利枝の意志と思いは俺達が引き継いで行きます だから安心してゆっくり休んで下さい。駄目だと思った時は 夢の中で良いので怒って下さい。

最後に 今回一番ショックを受けたお母さんへ 利枝からお母への想いを代わりに伝えます。
お母さん今迄色々心配してくれて有難う 私は家族の想いの中で幸せでした 子供達も立派な大人になってくれました。 今迄生きてきた人生に悔いはありません。 これからもお母さんや家族の中で生き続けますので涙は今日だけにして下さい。
 でも最後に一つだけお願いがあります それは百歳まで生きてほしいと言う事です
何故かと言うと 今から私が見たり聞いたり感じたり出来ない事を代わりにしてほしいのです そして百歳を過ぎ私の所へ来た時 あれはどうだった これはああだったと聞かせて下さい
私はそれを楽しみに待っています。 だから色んな所へ行って 色んな経験を沢山見て感じて来て下さい。 これは利枝が俺に託したお母さんへの遺言です
お母さん ひとつ仕事が出来ましたね 悲しんでばかりいたら利枝さんに怒られますよ 

利枝さん君が愛した深角駅の桜は今も毎年咲き続けています
利枝を知る全ての人達の心に 利枝は生き続けます
だから 今はゆっくり休んで下さい 
利枝に会えた事に感謝です 有難う御座いました
                 永遠の友より 山本栄治
by kimiyone-chan | 2012-03-26 16:04 | Comments(0)

三姉妹の長女であり、三姉妹の母です。


by kimiyone-chan