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ねーちゃんのひとり言

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妹の利枝(りえ)が亡くなりました

2月24日の未明、妹の利枝が乳癌で亡くなりました。享年58歳でした。

妹は平成7年11月に、右乳房全摘出の手術をうけました。しこりに気づいて受診した時は、すでにステージⅢで、リンパへの転移もあったそうです。私が心配して見舞いに行くと、妹はベッドの上で腹筋をしていました。資格試験の勉強中で、病室に何冊もテキストを持ちこんでいました。そして、
「乳癌は外科手術だから、なんでも食べられる」と言って旺盛な食欲もみせました。その屈託のなさに、私も周りの人も、安心し、関心したものでした。

数年後、もう一人の妹が子宮癌になった時も、「利枝ちゃんのことがあるから、大丈夫!」と前向きに病気と対峙することができました。その頃、私と下の妹は「癌はこわくない!早期に発見し、治療すれば治る!癌は不治の病ではない!」と思っていました。

ところが、治癒のひとつの目安である5年目の数か月前に、再発してしまったのです。妹の癌は特殊で、他への転移はなく、同じ場所に数年おきに再発しました。そのたびに、放射線や抗癌剤の治療を受けていました。全身脱毛したのは4回だったと思います。

妹は離婚し、小さい子供と年老いた両親をかかえて、一家の主として働かなければならないと強く思いこんでいたのでしょう。入院することもなく、朝一番で放射線治療を受け、40kmの道を車で引き返し、そのまま仕事に行くということを繰り返していました。

去年の5月に医師から、余命1カ月と告げられた時は、妹の胸膜に水がたまって、ひどい咳はするものの、まだまだ生きることに意欲的で、信じられず、この先生はやぶにちがいないと思ったものです。

今年の2月の始めに、医師からホスピスを勧められた時は、ホスピスは死ぬために行く病院だから、利枝に何と言えばいいのだろう。他に何か方法はないものかと思いあぐね、だらだらと無為な時間をすごしてしまいました。

その後、緩和病棟の先生から、ポスピスは決して死ぬための病院ではなく、痛みを抑えることにより、日常の生活を取り戻し、自宅へ帰られる方もいるということ、しかし、病気が治るわけではないことをお聞きし、急いで緩和ケアをやっている病院へ転院させることにしました。

しかし、最後の一週間は、日に日に病気が悪化していくのが、目にみえるようで、転院した次の朝に亡くなってしまいました。

妹は決して弱音を吐かない子でした。本当は痛くて、辛くて、不安でたまらなかったのに、私はその何分の一も感じ取ることができませんでした。緩和ケアについてもっと知識があれば、もっと早く転院させることができ、もっと穏やかな最期を迎えさせてやることができたかもしれません。

皆様 健診は定期的に受け、早期発見、早期治療に努めましょう!万が一手遅れでも、あきらめないで最善の方法を探しましょう。そして緩和ケアについても知識を持ってください。
Commented by BIGMUM at 2012-03-01 05:51 x
高千穂にご招待していただいた時だけにお会いした妹さんですが 酸素ボンベを使いながら丁寧に案内してくださって感謝しておりました。 それほど お身体が悪かったとは気がつかず失礼してしまいました。ご冥福お祈りいたします。
Commented by かん子 at 2012-03-01 08:54 x
いずれ来る・・・と思っていても、彼女の頑張りは、それを忘れさせてくれていました。
実際に、そのときを迎え、彼女の強さは、どこからと改めて感じました。
ただただ残念です。
義姉に、昨年の5月に利枝ちゃんの言った「あと1年は生きるじゃろう~。」の言葉が忘れられません。

ただただ残念です。 安らかなる日々を祈ります。
Commented by akaboshi_tamiko at 2012-03-02 05:47
鎖骨に転移した4~5年前から、「この痛みがあるとに、長く生きていたくねえ」と言っていました。しんちゃんがいろいろ調べて、いろんな療法をメールしたりしても、あまり乗り気ではなかった。
緩和ケアを勧めても「まだそういう段階じゃねーじゃろ」と言うので、痛みを取るケアだから、末期だけじゃないよ、と教えたんだけど、これも乗り気ではなかった。お金の心配をしていたのかもしれない。

お金のかからない、自宅で自分でやる呼吸法とかには興味を示して実践もしていたから、やっぱりお金を心配していたのかなあ。

肺に転移したと電話があってからは、本人も弱音のような、余命がどれくらいかという電話が多くなったけれど、私も「そうだね、あと○ヶ月だね」とは言えず、「そんなことは無いと思うよ」とお茶を濁したのがよくなかったのかもしれない。なまじ希望を持たせたのかも、と思うと、心苦しくなる。

残念だけど、今は痛みから解放されて楽になっていると思いたい。
by kimiyone-chan | 2012-02-29 23:23 | Comments(3)

三姉妹の長女であり、三姉妹の母です。


by kimiyone-chan